2007-05-18 23:45:00+09:00
日記 . mixi

コミュニケーションスペースの…

mixi日記から転載 id=438009879

氾濫というべきか、インフレというべきか…。ちょいと前には掲示板やMLくらいしかなかったのに、原理的には双方向のコミュニケーションが取れるオンラインツール、ここのところそれこそ数カ月おきに新手が登場し、それぞれがまたなかなかおもしろそうで、実際のところ目が回りそう。

サービス形態からいってもブログ、SNSときて今度はミニブログだそーで、これも触ってみるとまたそれなりに面白そうだから困る。前からあるIMやチャットも負けてなくてSkypeなんか基本のサービスにいろいろ機能が追加されて、使いようによってはそれだけでかなりのことができるし。

交換されるメディアにしても、文字、画像、動画、音声、もうなんでもあり、しかも端末の準備さえできていれば、メディアの違いをそれほど意識しなくてもよくなってるし。

その端末も、WebベースのサービスならどのPCでも同じように扱えるし、サービス間の違いもそれほど意識する必要がなかったりする。携帯からのアクセスに配慮したサービスも増えてきた。

こうなってくると、ネット上で継続した「キャラ」を持って立ち向かう、みたいなスタイルだとあっという間に疲れてしまうようになるんじゃないかしら?ブログを複数持っている人なんかは想像しやすいかもしれないけれど、それが極端になって、どのサービス上においても、キャラ立ちすればするだけ負担も大きいし身軽でなくなってくる。

しかし、複数のサービスを使うというのは、もうこうなると趨勢であろう。オフラインの事情に合わせなければいけないときもあるし(コミュニケーションを取りたい相手がいるサービスを使わなければならない、とかね)「俺はmixi( ∪ myspace ∪ second life ∪ IM ∪ Twitter ∪ …)だけあれば後は何もいらんのだ」とか安心立命しちゃえる人もそういまい。それぞれにそれぞれの便利さがある。

それに、毛色の違うメディアには毛色の違った人が集まるわけで。

そうなってくると、一つのコミュニケーションの質自体も、変わってこざるを得まいな。相手を自分なりに周知していて、互いなりに相手の歴史を踏まえた上で、今ここ、で行われるコミュニケーションが一方にあり、他方に、それこそ電車の中で足を踏まれて知らない人に謝られる、というような、風に吹かれて地面をすべる枯葉同士のようなコミュニケーションもある。インフレによって、枯葉同士のかさこそし合いが増えそうな気配は感じるが、実は、両者の間に細かい段階ができて、ある段階から始まっても段階を選べるようになってきているということが、楽しいことなのかも知れない。

ある人とある場所で知り合いになる、といっても、必ずしもその人がいつでもどんな形でも通じ合える人であるはずもないし、逆に足を踏まれただけのまんまな人も「潜在的知り合い」といってもいいかも…、みたいなね。

しかし、電話さえ一般的でなかった時代はついこないだで、僕でさえ経験している。その頃は昼間学校や遊びの友達や、それ以外の知り合いも一度には数えるほどだった。彼らと別れて一人になる時間も長かったし、その間に「ああこのことは明日学校で誰々ちゃんに話そう!」と思って、忘れないように覚えこんだり、素朴極まりなかったわけだな。

こういうメディアのインフレをそれなりに泳いでいって、なおかつ「誰々ちゃんに話そう!」というような、互いの歴史に立ったコミュニケーションをも守り、うまくすれば広げ育てていけるかどうか、がポイントかな。

と、日記には書いておこう^^