小林多喜二の『蟹工船』が売れていて5万部も増刷したという記事を読んだ。 確かに僕も本屋で平積みになっているのを見たけど。
なんでも、毎日新聞にのった格差社会をめぐる対談(高橋源一郎、雨宮処凛)がワーキングプアの共感を呼んだとか。 まず第一に新聞のそういう対談が本の売り上げを伸ばすきっかけになるほど読まれている、というのもちょっと驚きだったけど、それで『蟹工船』…?
状況が似ていて共感する? そこまであからさまに抑圧されているのを見ないと気がつかないのか…、そもそも、この記事の通りなのか?というのはさておき。
もう三十年以上前に10ページくらい読んで興味がもてなくてやめてしまったから詳しい内容は知らないのもまずかろう、と思ったのが一つ。 探してみたら青空文庫にあったので、これに慣れようと思ったのが一つで読んでみた。
プロレタリア文学ってのは要するに共産党の宣伝文学だという認識だったのだが、テキスト自体は意外に党派よりではないと感じた。 資本家の非人間性が図式的とはいえ、「赤化宣伝」のアヤシさも書かれている。
それが意図的なものか、たんに作者が素朴なだけなのか、その辺はわからないけども。
まあ、最初は駆逐艦の日の丸をみて「涙が出る」と労働者が言ったりするようなリアリティはあるとはいえ、それがあっという間に開き直っちゃったりして、そんなに話は簡単じゃなかろう。今、妙に国家主義的になってる層がそう簡単に寝返るとは思えないし。
最後に『附記』の形で運動の希望的な結末が付け加えられているところを見てもわかるが、話としては、そんなに簡単にできすぎた話作るなよ感が強い。
労働者階級への知的コンプレックスだけが延々と書かれているというような戦後の左翼文学ほど挨拶に困るものではないもの…。
小学生の頃読んだ童話に古田足日の『宿題ひきうけ株式会社』というのがあったけど、ちょっと似ているなと思った。
まあでも、こういうのもフィクションの役割の一つではあるのかなあ。
自分から(つまり買って本棚に置いてもいい本として)読もうとは思わないけど、ちょっと読んどくか、というようなモノを読み散らかすというのもやっていかないと行けないかな、と思っていて、図書館に行ったりオンラインテキストを漁ったりしているのだが、青空文庫はもっと活用していい気がした。
ブラウザで読むと、ルビが邪魔だったり、日本語も横書きだったりして落ち着かないが、いろいろビューアーがあって、それを使うと縦書きでルビはルビとして読めたりする。ためしに、「扉(tvt.exe)」というのを入れてみた。なかなかよろしい。
これで少し落ち着く。
しかし、英語やフランス語、ラテン語だとあっちの大学とかに山のようにオンラインテキストがあって、それぞれ気がかりはあるものの、たいがいのものは読める。
なんで日本はこうならないの? それともなってるけど知らないだけなのだろうか。
まあ、青空文庫はちと嵌ってみよう。
小林多喜二まで遡るなら、やっぱ次は石川啄木かね。
・『蟹工船』に関する記事(産経ニュース)
http://sankei.jp.msn.com/culture/books/080514/bks0805140802000-n1.htm
・青空文庫『蟹工船』
http://www.aozora.gr.jp/cards/000156/card1465.html
・『宿題ひきうけ株式会社(古田足日)』紹介
http://www.iiclo.or.jp/100books/1946/htm/frame043.htm
・「扉(tvt.exe)」