というわけで、文句をいいつつも散策の結果をなんとかWebアルバムに残すことができた。
榎戸から小野川を辿る (Picasa Webアルバム)
http://picasaweb.google.co.jp/testify2893/aCepcD
地元の人はよくご存知だろう、つくば市の松代あたりから水源として、牛久市から稲敷郡、稲敷市の古渡まで流れて霞ヶ浦に注ぐ小野川という川がある。この川が古代の交通路で、流域がかなり栄えたのではないかという見通しを個人的に抱いているのだが、実際に流域を辿ってみて、それを検証してみたい。
見通しの根拠といえば、河口にある古渡がかつての海上交通の要衝であったこと、風土記に常陸、下総の玄関口とされる榎の浦の津が付近にあったとされること、「榎の浦」という地名の命名と土地の感覚を共有する「榎戸」という地名があること(「戸」は地形の状態を表す語であるはず)などなどだが、直感をたよりに歩き(実際には自転車ですが)、旧跡を訪ね、当時の地形を推測するという作業。
携帯写真を撮りGPS情報でGoogle Mapsに落とし、写真に撮っておいた碑などの文面を起こし、気になったところは後で追加調査するつもり。
今日はとりあえず比較的距離が短い榎戸から上流の水源までを辿ってみた。
今日実際に歩いて印象を持ったのは、小野川は現在は松代あたりまで入り込んでいるが、もともとは榎戸あたりまでが川で、その先はせいぜい湿地帯だったのではないだろうかということ。
小野川、榎戸より上流は、海抜の低い低地が切り込んでいるわけではなく、もともと川があったとはあまり思えない地形です。沖積が進むような流れ込む水源があるわけでもないので、湿地かまたは低い荒地を開墾して水を小野川に流したというように見えなくもない。
しかし、一方八坂神社の位置までは水が来ていたのではないかという推定もできるが、それとは矛盾する。ただ、八坂神社は応永年間にできたと伝えられているように、かなり新しい神社であることも確かなので、開発を進めるうちに勧請されたとの考え方もできるかも。
その辺は、この界隈の開発史などもひっくり返しながら考えてみたいと思います。
しかし、携帯写真を編集するとGPS情報がなくなるのにはまいった。
それと、もっと広角にとれるカメラが欲しいな。