昨日も好天にめぐまれてめまぐるしく移動。
孫の運動会が15km以上離れた北条である。今回は家族が揃っているので、おじいちゃんなんてのはべったりくっついていたって邪魔なだけ、ということもあり、じゃ、自転車で行って後から合流するから、といって遅れて出発。
学園都市から東の桜川沿いの低地の田圃を抜けてひたすら北条の大池を目指す。
道々、田圃を焼いているのが目に入る。こんな光景を見るのも久しぶりかも。
都内に居る頃、ボーカリストの知り合いは声の訓練をするのに多摩川だの荒川だのの河川敷にいってひたすらハイトーンを出す練習をしたという話があった。そういえば見渡す限りの田圃のこの辺はまさにそれにぴったりではないか?さっそく自転車に乗りながら、声を出してみる。をー、いいじゃん!すいません、昨日あの界隈で雄叫びにびっくりした人がいたら犯人は僕ですごめんなさい。
山沿いについて振り返ると何事もなかったように田圃は広がっているのであった。
ちなみに、長い距離を自転車で走っていて飽きたら、通常より若干サドルの後ろに腰掛けて、大臀筋からハムストリングに意識を向けて足の裏側の筋肉でこぐようにすると、尻から太ももの裏側のラインを整えるのによろしうおます。普通に座ってこいでいると大体下向きに力を入れるようになって、おもに表側の大腿直筋等に負荷がかかりがち。位置をずらして若干前に蹴り出すような感じにすると裏側に負荷がかかってくるのがわかると思う。
お試しあれw
もっとも、ある程度こなれている状態でやらないと、同時に下腿二頭筋(ふくらはぎ上部ですね)にも負荷がかかって足が痙攣しそうになって戻ってこれなくなる可能性もあるので、適度にw
ぜーはー状態で北条の入り口に着く。そういえばこの場所では去年の運動会のときも写真を撮ったなあと一枚。
さて行くかと確認の電話を入れたら、なんともう運動会は終わっているという…。なんだ、じゃ行っても誰もいない、方針転換してせっかくここまで来たのだからと、近くの小田城址を訪ねることにする。
小田城は平安時代末~鎌倉時代の頃築かれた城で、常陸の国南部に勢力を持った小田氏の拠点であった。当時は霞ヶ浦から桜川周辺は水郷地帯ともいえ、霞ヶ浦から筑波方面に舟でじかに移動でき、そのたどりつく場所の一つがこのあたり、水陸交通の要の位置にあり、当時から水堀なども整備された大きな城郭だったらしい。
ちょうどこの十月から二年ほどかけて発掘調査を行うようで、あちらこちらにトレンチが見える。折々のぞきにいってるとなんか見られるかも知れないなw
城址は建物や一般の人が城というと想像する石垣などは残っていない(というか中世の城だからもともとない)が、水堀や土塁のあとはかなりよく残っていて、平面配置の広大さがよく偲ばれる。
この石柱の奥の盛り上がったところには樹齢八百年の大欅、とあるのだが、それらしい樹がない。どうやら枯れてしまったらしく、上ってみると根らしきものだけがあった。
一般にこの城が知られているのは、南北朝時代に伊勢から関東に下向した南朝の北畠親房がこの地に滞在して計略を行い、さらにここで『神皇正統記』を起稿したから。その石碑もある。
ひとめぐりして桜川の対岸の台地に戻り、マクドナルドで無線LANのテスト後、いったん帰宅。走行距離は36.93Km。
走行軌跡の一部は以下に。
北条へ
http://www.mamiz.com/googlemaps/08101801/index.html
北条→小田→大穂
http://www.mamiz.com/googlemaps/08101802/index.html
ひと休みしてから、千葉県の某ライブハウスのセッションへ。リズム隊が若干少なかったが、おまかせおっけーだったので結構ギターを弾いた。.009からのセットの弦にも慣れつつあるかな?ストラップの長さを調整したりもしているので、どんな感じに見えるか(見た目ばっかり気にしているw)、確認してみたいものだ。
というわけでへろへろになっての帰宅となった土曜。