2008-12-29 13:22:00+09:00
日記 . mixi

[追記あり] A.C.コーチャン、M.フェルト - ニクソン時代の二人の死

mixi日記から転載 id=1036719246

今月、期せずして、30数年前のニクソン大統領時代に生きた二人が世を去った。Carl KotchianとMark Felt。

Kotchianは元ロッキード社副会長、76年、米上院で日本その他の国への航空機売り込み工作について証言、日本ではここからロッキード事件に発展する。一方、Feltは元FBI副長官。ニクソンを辞任に追い込んだウォーターゲート事件で、ジャーナリストのボブ・ウッドワードにたびたび極秘情報を提供し、「ディープ・スロート」と呼ばれた人物。

クリップ

A.C.コーチャン死亡記事

http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2008122100070&j1

クリップ

Carl Kotchian by Wikipedia

http://en.wikipedia.org/wiki/Carl_Kotchian

クリップ

M.フェルト死亡記事

http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/66660

クリップ

W. Mark Felt by Wikipedia

http://en.wikipedia.org/wiki/Mark_Felt

クリップ

「ディープ・スロート 大統領を葬った男」レビュー

レビュー

[

](http://mixi.jp/view_item.pl?id=297165)

ディープ・スロート 大統領を葬った男

4.25点 ( 24人中)

2005文藝春秋ボブ・ウッドワード, 伏見 威蕃

もっと読む

今から振り返れば、彼らの行動、動機は、自らの属する組織(国家とか国民とかに対してではなく)に対する忠誠からであるとかなり素直に納得できる。

コーチャンにとってのロッキードは、海外への賄賂工作そのものよりむしろその資金が大統領選挙を迎えるニクソンへの不法な献金へ還流したのではないかという疑惑をとにかく打ち消すのが至上命題であったし、フェルトの行動も、彼が属するFBIに対するニクソンの覇権を食い止めたいという意図から出たものだろう。

公人の行動指針に『公』を繰り込むと(というか本来はだからこそ『公人』なのであって、それが当たり前のはずなのだが…)、とたんにその『公』なる概念の曖昧さが露わになり、行動に対する裏づけを失うだろう、と予測していた当時の僕にとっては、彼らの行動は謎が多くもあり、果敢にも見えたものだが、そのように思考を頓挫させた自分の方がナイーブなのか、そんなことがなかった彼らのほうがナイーブなのか。まあ、アメリカの民主主義なんて所詮そんな程度で、日本で言えば鎌倉時代レベルだと冗談にしてしまってもいいのだけれど。

もちろん、それで刺されたニクソンや田中が、公式的な関係者(というのはつまりそれぞれの「国民」ということだが)の誰しもが納得できる『公』概念を持っていたかといえばそんなこともない。特に、ナショナリティとの関係でいえば、田中の越山会など、農本主義者や元新左翼がかなり入り込んでおり、「反国家主義で既存の中央集権システムからいかに金や権力をもぎ取るか…田中角栄的な国家内反国家運動も現代におけるアナーキズム…」という福田和也の報告がある。利益代表の思想を先鋭化すれば、最後は国家内反国家に行きつき、「**にあらざれば人にあらず」の世界が出現するのは自然かと。

ただ、今となってみれば、利益代表の思想の先鋭化を挫くだけの理論的根拠を探すよりも、それらが競争的に共存共栄できる、というほうがもしかしたら可能性があるのかもしれないとも思う。その思いが、ここ数十年の間にどんどん強まってきた日本「国」の統制の息苦しさによって助長されているのかも知れないとはいえ。

国民国家の十全な発達は、つまり一つの土地に一つの権力、ということであって、それは一方では闘争や摩擦を減らし、安心をもたらすものかもしれないが、その一つの権力に反する存在にとっては、どこにも行き場がない袋小路、ということでもある。

国家権力は必要悪であって、その庇護から排除される存在は必ず存在する、という立場からすれば、一つの権力を限りなく改良していけばそこにいる人間はみな救われる、なんぞとはとても思えないわけで。

しかし、そうなると、先ほど馬鹿にしたアメリカの鎌倉時代的民主主義というのは、むしろ理念としては捨ててはいけないものなのかという気もしてくる。そこがアメリカの凄いところかと思いたくもなってくる。

どんどん取り留めなくなってくるな。

まあいいか。

それはともかく、この時代の秘密暴露/漏洩/証言者として、僕が一番興味があるのは、コーチャンでもフェルトでもなく、ダニエル・エルスバーグだったりする。国防省秘密報告書=ペンタゴン・ペイパーズの寄稿者であり、それをニューヨーク・タイムズに流した「ドストエフスキー的人間」("The Best and the Brightest" David Halberstam)。

クリップ

Daniel Ellsberg

http://en.wikipedia.org/wiki/Daniel_Ellsberg

なんとなく、感情移入が発生しそうな人ってこの人くらいだったりして。

P.S. 福田和也の名前を『和夫』と書いていたので直しました。他に言い回しをちと変えたところもあります。