キヨシローのことは実は最初に聞いたときからよくわからなかった。
わからなかったというのは、つまらなかったというのではなくて、とてもいいんだけど、何がいいのかよくわからない、ということ。
最初は、6歳上の何かと僕に影響を与えたいとこの家で「僕の好きな先生」を聴かされたんだったろうか?多分すでに泉谷しげるの「春夏秋冬」とかを聴いていて、そのいとこのうちに加藤和彦がプロデュースした泉谷のセカンドがあって、それを聴きたかったのになんでこんなの聞かせるんだよ~、みたいな印象が一番だった気がする。
まあ、子供だから、RCよりはなんか深刻ぶった泉谷のほうが(実はこっちもなかなか食えないんだけど)口にあったというのはうなづけるが…。
で、高校から浪人時代にかけてはまわりがRCで盛り上がっていて、いろいろ聴いたけど、まあボーカルとギターはともかくとして…、なんてなところにまだとどまっていたわけで。
そういうのがちょっと変わったのが、キヨシローが初のソロ・アルバム「Razor Sharp」を録って、帰ってきてラジオで喋ってるのを聴いたとき。
このアルバムは、もう聴けばすぐに素晴らしい演奏と歌のアルバムだということがわかるのだけども、キヨシローのバックをつとめるベースがNorman Watt Roy!
これだけでもういけてるだろうな期待100㌫だけども、その録音の模様を語るキヨシローの言。
「ドラムスはTopper Headonでさあ。もう、どうなるかと思ったら、ぜんぜん叩けないんだよTopper。もうどうしようかと思っちゃってさ」
あのー、Clashのレコード聴いてりゃ、使い物にならないだろうくらいのことはすぐわかるだろうと思うんですがあ…、と思わずラジオに向かって突っ込みいれたくなったのを覚えてるけど、だけど、当時のLondonに出かけてレコーディングできる、で、誰とやりたいかっつったら、そりゃあClashのメンバーとやってみたいよねえ。その、気持ちもとーっても良くわかり、なかなか憎めないやつなんだなあと思い直してその「Razor Sharp」を聴いてみたのが、をを、やっぱりこいつすげーじゃん!と思った最初だろうか。
忌野清志郎 - Around The Corner (ひょうきんベストテン)
で、よく聴いていたけれど、なんでか「日本でロックやろうってやつは結局のところみんな孤独で不幸なんだなあ…」という、妙な感慨が残ったのを思い出す。
その感じはずっと残っていたけれど、なんかそうでもないか?と思わせてくれたのは、例のタイマーズの「デイ・ドリーム・ビリーバー」で、「そんでかのじょはくいーん」でいいんだ!!と納得したし、ちゃんと感情移入もできたし。
まあ、その辺の曲のことは誰でも思い出すだろうし。
RCの曲ではやっぱり「トランジスタ・ラジオ」がすごいと僕は思っていて、レコードでJazz、ラジオでRock'n'Roll、Hi-Fi SetでNew Rock(ま、ほんとはBeatlesからなんだけど)、要するに、Pop Musicの変遷はメディアの技術的な変革に拘束されている、という認識を、シニカルにも、ポジティヴにも、あるいは、ノスタルジックにもコンストラクティヴにも、はっきりと与えてくれる、という曲は、多分、他の国にもそうそうなくて、あの曲があるおかげで日本語が理解できてよかったと思っていいんじゃないか、ってくらい。
まあ、それもみんなわかってることだろうけど。
で、今回↑の動画を探してて見つけてびっくりして、あらためて考えれば、あーそうか、そういえばそうに違いなかったなあ、と思ったのがこれ。
Kiyoshiro Imawano - 傘がない
陽水が作って、しかももう人前で歌っちゃってる曲を、歌える男(とりあえず男ね)なんておらんだろう、と思っていたけど、いたわ。
確かに、あらためて考えてみるとこの二人似てるし。
しかし、58歳。 自分にひきくらべてみると、後10年なのよね。
若いな。
合掌。