Googleの考える中小企業支援とは?――「みんなのビジネスオンライン」
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1741335&media_id=33
ちょっとこの記事を読んでおもしろかったには。
『背景にあるのは、日本ではITインフラの整備は世界一といっていいレベルにあり、消費者のインターネット利用も浸透している一方で、利活用の部分ではまだまだ普及が進んでいないという現実だ。特に中小企業の場合、Webサイトを持っていない企業が約300万社あり、大きな機会損失につながっている。』
ということなんだが、これ逆に言うと、直接の利益に繋がらなくてもそれなりに投資と利用がされているってことだよね。
なんか意外にそういうところが日本の伝統なのかもしれないとか思ったりして。
たとえば日本人の識字率は古代からずばぬけているとか言われるし、江戸時代なんか全国にあれだけの数の寺子屋があって、庶民の子供もそこに行って型通りとはいえ読み書きそろばんを習ったり、どうやってメシ食ってんだかわからんというようないわゆる当時の知識人がたくさんいて(居るんだなたくさんこれが調べるとw 日本の近代を準備した荻生徂徠や本居宣長、その他いろんな学者や文化人も要するにその中で名を残した人なわけで。)、寺子屋や私塾のネットワークに乗って移動したり情報交換したり、ってことがあったらしいが。
なんかこう、直接的に利益にならないかもだけど、いちおう身につけるというか、さらっとくというか、なんつーかな。何かあったときにそういう文化的なクッションみたいな役割をする位相みたいなものを認めるという面も含めて、あったんじゃないかと最近思う。
芭蕉の伝記を読んでると、俳諧も、ある程度整備されていたそういうネットワークに乗りもし、俳諧をメディアとしてネットワークを豊かにする面もあることがわかる。だいたい、そういう場というかインフラ(?)がなければ、いくら全国放浪して何か書く、っていったって、泊めてくれるところも相手してくれる人もいなかったら、そんなことできるわけないし。
イケメンモテ男なら全国津々浦々に泊めてくれる女性が居て、ひたすら奉仕しつつ回って歩く、ってこともできるだろうけどもさ。
ま、そんなことはどうでもいいとして。
こんなニュースがそういう妄想に結びついちゃうというのも、逆にいうと、そういうクッションとか緩衝材てきな『アソビ』が、僕が生まれてここまで育つまでの間にもどんどんなくなってきてるような気がするからかもな。
資本主義的には利潤率の低下とそれによる資本集中の結果です、で、済むかもしれんし、現に生活厳しい層(いやワタクシとて厳しくないわけではないけど)からすれば、脳天気以外の何ものでもないと思われそうだが。
やはり芸は磨かなくちゃいかんなあ、と個人的には思うし、その芸がコミュニケーションの前提でも結果でもあるということも、忘れちゃいかんことかと思う。
朝から堅苦しいな。 運動しようw