2013-09-20 05:20:00+09:00
日記 . mixi

夜は千の呟きを持つか:緊急地震速報の後 - 2013/09/20

mixi日記から転載 id=1912276743

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しかし、実感や直感では自分には火を見るよりあきらかだから、それなりに言語化するまでもない、ようなことでも、やはりまとめておく意味はあるのかなあ。関係ある事態に遭遇した時は実感や直感に従えばよい。とはいえどうしても、もやもや/ぐらぐらは湧き起こる。が、それは我慢すると。

それはそのままにしておくべきで、言語化/理論化できなくとも実感や直感で明らかならそれに従えばよくて、言語化/理論化できないいわば副作用に足を取られるようなら考えるのなんかやめたほうがよい。まあそれが難しいんだけど。眠いけど起きてるのが難しいのと一緒。(1)

当事者でなければ「ほれ見たことか」と言うしかない事態の連続。当事者かどうか日々刻々判断が必要なら逆になおさら、もやもや/ぐらぐらに加えてほれ見たことか感にまで刺激されつつ、しかし脳味噌は腐らないように適宜かき混ぜ、必要あるものはそれで漬けるべし。

いや、修辞を弄している時ではない。寝ないと。といいつつ、いろいろと湧いてくるものなあ。

巨大技術、という言い方があるか分からんが、巨大なシステムとなった技術というのは根本的に信用出来ないもので、というか責任の取りようがないものである、というのは直感。

で、にも係わらず現実に運用されているそれはそのリスクを、平時であれば、ハッキリとはいわないが繰り込んだり、人によっては、気がつきもしないままに、全体としてはリスクなどないかのような面持ちでいる、というのが実感。

というか。そんな直感や実感が不可避な程関わる人間が増えるとそれを巨大技術と呼びたくなる、という順序かな?まあそれはともかく。個人個人はベストを尽くしている、というのはよくいわれることだし、実際そうなのだろうとは強く思うけれど、しかし。

しかし、某国首相の「コントロールされている」発言はツボをついた。もやもや/ぐらぐら感と直感/実感の体内バランスを見事に揺さぶってくれる。というか、彼の言動は逐一そうなのだが。ついでだが「ぼうこくしゅしょう」が「亡国首相」と変換されるのには笑う。

政治家とは政治をコントロールする商売じゃなく政治にコントロールされるのが商売なのかと言いたくもなるが、なるほど、もしかすると商売ってのはそういう面もあるか。しかしコントロールするにはコントロールする責任が伴うのは当然として。

コントロールされてるんですからといったところで責任は解消しないよな。それじゃ商売とは言えん。よく「政治家じゃなくて政治屋だ」というけどとんでもない。「家」の意味はそこか。

まあそれはともかく、技術も含め、巨大システムとして存在せざるを得ないモノ=コト(ていうとそこには必ず技術が存在するわけだけど)にはこの曖昧さが不可避。それを解消する知恵がなければ、信用のできなさ=だめじゃん?な直感も不可避。

であれば、なるべくそういう所には関わらないが吉、とはいえ、否応なく関わらせられてしまってるということもなくはないわけで。で、解消する知恵ありとしても、我慢と甘受からは逃れられない、というのも確か。我慢/甘受することが解消に応じて変わるだけ。

と書いてきて、知恵はマニュアル化できないから、そのはたらきは、機能解説でなくて適用状況を説明するしかないんだなと気がついた。さらにいえば、マニュアル化できないならば、当然本質的にしくじる可能性があるし、ということは、責任は解消されない。

となれば、責任が取れない事態に対して知恵をはたらかせるべきではなく、せめて責任が取れない事態を生来しかねない場から離れることに使うべきなのかも。しかしそれでも責任は残る。

君子危うきに近寄らずとも近寄らないことの責任は依然残る場合はある。それを無視したり気がつかないまま危うきから離れられるような人に使われる「君子」は揶揄である。

さて、夜は千の呟きを持つか?

(1) 「難しい」というのは、言語化/理論化の誘惑に抗わないが、実感や直感に従う場合もあるという霜降り状態を継続するのが難しいということで上記の「まあそれが難しい」は「それ」が指すものが事前に明示されてないのでよくないですね。

いくら無視したり見えないようにもできるとはいえ、↑のような呟きの連続がタイムラインを埋めるのは公衆衛生に関わるとずっと思っていたので呟いてからまとめてみたぞ。