結果の細部はちゃんと見ていないが、次期米大統領はオバマ、ということで決まったようだ。 自分の国の総理大臣が誰になるかもあまり関心がないのだから、他の国の大統領がオバマになろうがマケインになろうが、関係ないだろう、と自問したりもするけれども、今回の選挙について、他ではあまり指摘されていない点が読める記事があった。
オバマが歴史を変えた
http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2008/11/post_138.html
この中の高野孟のコメントに、インターネットを活用したオバマの選挙戦術がどのようなものだったかの記述があって、なかなかおもしろい。
インターネットにも電子メールにも縁がないような低所得者層がアメリカにどのくらいいるのか、彼らの意見はどう反映されるのか、はともかくとして、
"オバマ陣営がインターネット(やその他のいわゆるニューメディア)を理解し活用しようとしたことが、もはや新聞やテレビから情報を得ようとしない支持者を組織したりそのような有権者に手を届かせることを可能にした"
という記述からは、日本と同じくアメリカでもすでに新聞やテレビといったマスメディアがすでにメディアとして機能しておらず、インターネット上が代替メディアとしての役割を負わされているという状況が見えてくる。
インターネットにそれだけの能力があるのか?というのも、さておき…。
今回のオバマの勝利のしかたからの第一印象は、アメリカは個人主義とか自由主義の国だとされていて、政策面でも常にその傾向を持つのだけれど、危機に際しては同じような顔をしながら平気で違う原則を取り入れる国でもあるな、ということ。
もちろん黒人初の大統領、ということで、自由と平等のさらなる貫徹、という側面を認めることもできるだろう。
しかし、今回の選挙では少なくとも選挙の前までは、それでも彼が黒人であることが当選を阻むのではないかといった見方も強くあったわけで、それが大勝となったのは、勃発した経済危機に対処するための国家社会主義的政策を、上述のインターネットを使った草の根、よくいえば民主主義だが、悪く言えば国民総動員で担保できた結果であるといえなくもない気がする。
30年代の大恐慌のときの各国の対応を思い出す。
ドイツはヒトラー、日本は国家総動員、アメリカはルーズヴェルトのニューディール。
ヒトラーや日本はファシズム、アメリカは自由主義、とイメージ的には対立的に語られるが、その実は、どれも、国民総動員と資本の国家管理強化、という点で、方向は共通している。
オバマがやろうとすることも、おそらくニューディールはやらないにしても、ルーズヴェルトと同様の方向性を出してくるのではないか。
ただし、最終的に「自由の国」という宣伝文句を世界に伝播させるのに貢献したのは、その後勃発した第二次世界大戦だったと思うのだが、この危機の後に、同様の事態が訪れるとはあまり思えない。むしろ、ブッシュが先走って危機の後に来てこそ活用できる事態を先に演じてしまって世界中の失笑をかったという印象があるから、よけいにそうはなるまいと思うが、オバマとすれば、そちらに逃げることができないとなれば、国家管理強化に対するリアクションを、自らのアフリカ系アメリカ人であるという不利を、政治的には有利に転化することで抑えることができるかどうか、ということになるのだろうか。
それもなかなか大変なことだろう。
いくらニューディールがよかった、とはいっても、それだけでアメリカが今のような繁栄と世界におけるプレゼンスを獲得できたわけではない。
それはあくまで戦争があり、それに勝ったからなのである。