山口組概論―最強組織はなぜ成立したのか (ちくま新書)
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3.82点 ( 46人中)
猪野 健治筑摩書房2008年12月
「山口」組なのに中興の祖といわれる三代目組長の姓がなぜ「田岡」なのか、くらいの認識しかなくて、どこかで知識欠落を補填したいと思っていたので、このサイズと内容はありがたかった。
著者が描き出す山口組像は、差別・排除された人々の最後のよりどころという理想的な部分を強く押し出すものとなっていて、それはもちろん、国家権力とそれを後ろ盾にする社会に対しては真実を含むだろうし、戦後の無政府状態から日々国家の統制が行き渡りつつある流れの中で、その視点で、たとえば暴対法「改正」などの事態を見ていくことはそれなりに意味があろう。
しかし、現実のやくざと社会の係わり合いはそれだけではないというのもまた一方の真実であろう。国家といいやくざというも、暴力を背景にした権力であることには変わりない。権力(=暴力)を持ち得ないただの個人からすれば、いったん係わり合いになって強制されればたいがいは言うことを聞くしかなくなるわけだ。
それはともかく。
「立国は私なり、公に非ざるなり」とは福沢諭吉だが、国といわず組織といってもそのほとんどは出現としては私とならざるを得ない、実際には私情にしかなりえない現われをそれなりに公道に見えるようにするための方策を、どんな組織も取るのだが、日本においては古代、中世から現代に至るまで、大概の組織が公道のまさに「象徴」として天皇家を戴くことを選択しており(日本「国」にしても例外ではないわけで)、ここにも同様の構図が見られる気がする。
ついでにいえば、山口組の組織、直参が別に直系組織の組を持ち、それらの組がまた傘下に組を持つ、といった具合に増殖して行き、この単位で傘下に入る他の組があったり、出て行く/追い出される組があったり、直系組織うちの実力者が昇格して山口組の組長になるとか、直参の集団指導体制を取るとかを、後から見ると、(定説かどうか知らないのでこう書くが)ある種の推測による、古代の天皇制みたいな感じだな、とも感じる。徳川等の幕藩体制においては首領はある家の子孫がなるという前提だからちょっと違う。
と、思って読んでいくと、著者は「司六代目が出所する頃には、幕藩体制を確かなものにするだけにとどまらず、警察の取り締まりが及ばない一段高いところで司組長を象徴的な統治者とする―つまり、山口組組長=象徴制の実現」なんて予測したりする。しかし、天皇制は養子縁組などに抵抗がない日本社会で唯一純血(建前だけでも)であると思われていて、かつ、それ自身は実質的な権力=暴力を持たない天皇家があるからこそ可能なので、擬似家族制(というか、親分子分の関係が本来的で血縁の家族というのはそこから出てきたものだという説もなくはないが、それはともかく)と、暴力を大きな要素とするやくざの世界に調和させるのは難しいような気がする。
僕の「古代天皇制みたい」という印象も、後から時間軸を無視してみればそう見えるというだけのことで、もちろん古代といっても時期により諸相あろうが、総体としてはトップダウンというよりはボトムアップ、あるいはボトムが適当に揃っているところにトップがたまたま降ってきた、というように見えるし、それは山口組の組織の増殖の仕方とはちょうど逆のベクトルになるのではないかと思う。
というような話はともかく。
トピックとしては、やはり田岡三代目時代が中心になるが、神戸芸能社を通じた、美空ひばりや吉本興業との関係が一通り書いてあったのがおもしろかったかな。