2009-01-04 03:21:00+09:00
日記 . mixi

[青空文庫] 瘠我慢の説 / 福澤諭吉

mixi日記から転載 id=1042880805

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図書カード

http://www.aozora.gr.jp/cards/000296/card46826.html

「立国は私なり、公に非ざるなり」は、福澤諭吉の『瘠我慢の説』の書き出しである。

これはなかなか不思議な文章で、主旨は何かというと、維新の時には幕府方だった勝海舟と榎本武揚が新政府の要職についていることについての不満である。「瘠我慢」というのは要するに、一度仕えた主君が傾いて先が見えてしまっても、どこまでもついていけということであって、「瘠我慢の一主義は固より人の私情に出ることにして、冷淡なる数理より論ずるときはほとんど児戯に等しといわるるも弁解に辞なきがごとくなれども、世界古今の実際において、所謂国家なるものを目的に定めてこれを維持保存せんとする者は、この主義に由らざるはなし。」、だから幕府が倒れたらそれと運命を共にするべきで、新政府に使えて重きをなすなどけしからん、というわけのわからない内容。

薩長憎しの感情が盛り上がりすぎて、ついこんなものを書いたら、それが当時の時事新報の石河幹明の意見で公表されてしまった…。というような経緯さえ想像できる。福澤と石河の関係、福澤の著作への石河の介入については、特に『脱亜論』などを中心にした平山洋の研究があるが、それによれば本論発表の三年前に福澤は脳卒中の発作に見舞われた。それ以後はほとんど失語症で文章も書けない状態にあった疑いがあるというから、そうなると、1891年に脱稿され私的に回覧されるのみだったのを刊行したという経緯自体怪しくなってくる。

まあ、最近特に福澤信者が多くなっているようなので、そういう怪しいところもあるというのは知識として持っておいて損はないと思う。

しかし、「立国は私なり」ではじまる最初の段落と、その後に続く本編は、まさに違う人間が書いているのではないかというくらい接続が不自然なので、これを本当に福澤が書き下ろしたとするならば、それはそれで考えさせることだろう。

僕は最初にここを読んだときには、カントじゃん、と思ったのだが、Wikipediaの解説によれば、「欧米流のリバタリアンに影響されている」とか書いてある。福澤の時代に「リバタリアン」って呼称があったのか??まあ福澤がカントを読んでいたかどうかも知らないけども、しかし、この書き出しはなにゆえ立国が私であるといえるのかをしごく簡潔に述べていて、気持ちがいい。

ところが、「人間の私情に生じたることにて天然の公道にあらず…忠君愛国等の名を以ってして、国民最上の美徳と称するこそ不思議なれ。」(「忠君愛国」は今の言葉で言えば普通にナショナリズムといってよかろう)、とまで書くわりには、天然の公道が通用しない世界に疑問を投げかけるかと思えばそうならず、いつの間にか「哲学の私情は立国の公道」だから瘠我慢 が大事、と、勝と榎本に対する攻撃へと論旨がすり替わってしまう。

この「私情」と「公道」の扱い方は、どうもイデオロギーの顔をしないイデオロギー、というように受け取れるのだが…。結局のところこの論文では福澤は「私情」の方についている、と読まれるべきなのだろうが、では、この論文をひいて「立国は私なり」と誰かがいったら、その人はいったいどっちについていることになるのだろう?

『脱亜論』もそうなんだけど、福澤の文章でそういう疑念を起させるようなものって結構あるんだよね。

それが、石河の介入の結果なのかどうか。

しかし、リバタリアンなのか??

こういう概念はもっと言いだしっぺに遡ってから使わないと危ないな。

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瘠我慢の説 by Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%97%A9%E6%88%91%E6%85%A2%E3%81%AE%E8%AA%AC

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平山洋 by Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E5%B1%B1%E6%B4%8B