あなたの町の図書館はどれくらいイケてる?
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去年、筆者の故郷に図書館ができた。公園の跡地をつかって建てられたものだ。また税金を無駄づかいして……と皮肉ってみたものの、入ってみたら結構いい感じで、本も充実していた。何よりも、図書館に足を踏み入れた瞬間に感じる、あの独特の匂いと静けさは、何物にもかえがたい。
ところで、そんな図書館の中から、毎年イケてる図書館を選定する「ライブラリー・オブ・ザ・イヤー」というものがあることをご存知だろうか。去年の11月に発表されたライブラリー・オブ・ザ・イヤー2008(NPO知的資源イニシアティブ主催)には、東京都の千代田区立千代田図書館が選ばれたのだが、いったいどんな基準で選んでいるのだろうか? 選考に関わった、国会図書館の柳さんにお話を聞いてみた。
「公共図書館には以前から、『無料貸本屋批判』というのがありました。図書館で、無料で本を貸し出すことは、市民にとっては非常に良いことであるものの、その本を販売している一般書店にとっては活動を邪魔されているだけと思われるふしがあったんです」と柳さん。そもそもこのような批判があったのは、いま世の中で売れている書籍を中心に取り寄せ、それを貸し出す図書館が多かったところにあったという。
「そこで、単にいま売れている本を貸すだけでなく、図書館には、図書館にしかできないことがあるのではと思い、これからの図書館のあり方を示すような、先進的な試みを行う図書館に対して、2006年からNPOで賞の授与を始めました」(柳氏)
つまり、ライブラリー・オブ・ザ・イヤーは、全国の図書館すべてを対象に、一定の基準で評価し、「ベスト」な図書館と選ぶ、といったものではない。少し前、ある科学雑誌の中で、「これからの未来をつくる研究者、技術者はこの人たちです!」といった感じの特集が組まれていたが、それに近いかもしれない。
審査員は、柳さんのような図書館職員のほか、出版関係者、専門が図書館学の大学教授など20名程度。様々なメンバーがそれぞれの視点をぶつけ合うことで、「これからの図書館のあり方」を熱く議論しているのだ。
ちなみに、過去に最終選考会に残った図書館の中で、面白かった図書館を筆者の独断で紹介してみるとこんなかんじだ。
横芝光町立図書館(千葉県):ホームページのコンテンツがメチャメチャ充実しており、新刊情報、レファレンスの方法から、蔵書を写真つきで紹介する「ビジュアル図書館」なんてのもある。図書館利用統計まで公開しているのがすごい。
ジュンク堂池袋本店(東京都):いわゆる図書館だけでなく、「知的資源をあつめ、それを公共利用のために公開している機関」も受賞対象。調べものに利用できる十分な蔵書があり、講演や展示などを積極的に展開している点が評価された。
矢祭もったいない図書館(福島県):蔵書のすべてを寄贈により収集している。すでに蔵書数は40万冊に達しているらしい。この仕組み、いいなあ。
こんな風に、ユニークな取り組みをする図書館を発掘、紹介し続けるライブラリーオブザイヤー。あなたの町の図書館にも、きらりと光る何かがある、はずです。 (nadi/studio woofoo)
1. (Excite Bit コネタ)
何年前になるか、うっかり感動しちまったCMがあった。それは確かIBMで、何をPRするものだったのかまったく覚えていないのだが。
舞台の雰囲気はアメリカの中西部かテキサスのど田舎、だだっ広いとうもろこしだかなんかの畑にお爺さんと小さい孫二人。その会話はつまり、お爺さんは、こんな田舎で農業しながら生活しているかたわら、街の大学の図書館にアクセスしながらついに何かの論文を完成させました。これもインターネットのおかげだ!という内容。
まだ現在のようにインターネットが当たり前になっていない、多分googleもweb2.0もなかった頃だと記憶する。
このCMにうっかり感動してしまったというのは、多分僕が本質的に追放者のメンタリティを持っているからだろう。仮に自分がなんらかそれなりな組織なり体制なりに属して、その資源を使える立場にあったとしても、その感覚はおそらく変わらないだろうと思う。それは、大学時代の経験などからの確信。
しかし、何かをやるためには場所が必要、と思っていた。 実際には帰属があったとしても、それをあまり気にしなくてもよくて、使いでのある場所。
マルクスもレーニンもガンジーもシャーロック・ホームズも大英博物館図書室に通った。そこでひたすら調べひたすら考えひたすら書く。いや、中にはあまり書かなかった人もいたかな?
ま、それはともかく。
彼らがそこに集まったのは、そこが膨大な資料を有し、しかも解放された施設だったからだろう、漱石は留学中はここに通ったらしいが、帰国してからはそれを思い出しながらある種追放の感覚を持って奥さんに文句を言われつつも洋書を買い漁り、自室を自分の図書室にしようとしたのかも。
必要なものがあれば、とにかくそこに行かなければならない、というのは依然としてあるにせよ、行けばなにかありそうかも、という感じ。
しかし、行けるかどうか、というのがあるわけで、インターネットがあれば、ど田舎でもアクセスが可能になるよ、というところに、ユーフォリックな感動があったのだと思う。
実態は資本主義なんだけどねw
まあもちろん、なんだけど、社会に参入するには少なくとも資本主義はとりあえず承認しなけりゃはじまらないし、如何な追放者メンタリティであっても、生きてる以上、依然として資本主義に属することは間違いない。これは生きてることにまつわる動かせない事実の大きな一つなので、追放者メンタリティにふさわしい資本主義への参入方法があるはずだからそれを探すことにする、というのはともかく。
今では、コンセプトとしては、先ほどのCMのような世界は実現している。大英博物館にしても、webがあって、ある程度その資料をここに居ながらにして検索できるし、こないだは、「Google Earthにプラド美術館、名作が超高解像度で閲覧可能」なんてなニュースもあった。
要するにこれもフラット化の一貫なんだろうが、しかしながら、図書館、といえば、日本の場合は依然としてフラットになってないというのが実感。
考えられるところまではそれなりに考えていて、たとえばwebで複数の図書館から資料を検索してあったら予約できるとかあるけども、そういう取り組みはもちろん必要だけど、逆に、個々の図書館の独自の存在意義も、あわせて考え直されなければならない、という気もする。
全ての図書館が大英博物館図書室になんてなれないんだから。
「いま世の中で売れている書籍を中心に取り寄せ、それを貸し出す図書館が多い=無料貸本屋」という批判は、僕も実感するところがある。どの図書館もそういう感じだと、要するに歴史(というほど大層なものじゃなくて、単なる存続期間だけど)と規模くらいで考えるようになる。
そういう意味で、このニュースはおもしろい。
しかし、この「ライブラリー・オブ・ザ・イヤー」って、「知的資源イニシアティブ」ってNPO法人がやっているんだけど、"library of the year"って英語で入れないと検索に引っかからないようだ。NPO法人名では検索できるけれど。せめてkeywordに「ライブラリー・オブ・ザ・イヤー」って入れておけばよかったのにw
Library of the Year - IRI知的資源イニシアティブ
IRI知的資源イニシアティブ
Google Earthにプラド美術館、名作が超高解像度で閲覧可能
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2009/01/16/22116.html