2009-01-29 21:04:00+09:00
日記 . mixi

[訃報/補遺] John Updike 18 Mar. 1932 - 27 Jan. 2009

mixi日記から転載 id=1065907766

同じ一つのドア

レビュー

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](http://mixi.jp/view_item.pl?reviewer_id=2444430&id=448996)

同じ一つのドア

3.00点 ( 4人中)

1972新潮社ジョン・アップダイク, 宮本 陽吉, John Updike

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マサチューセッツ州にて肺ガンにより死去、76歳。

彼の作品で一番僕の印象に残っているのは、レビューした『同じ一つのドア』という短編集。これについて補遺。

なにやら意味ありげなタイトルだけど、これは多分訳者の勇み足で、原題が"The Same Door"なので、単に『同じドア』とでもさらっと訳したほうが良かった気がする。もっとも、僕がこれを読んだのは『同じ一つのドア』という生硬なタイトルが、ぱっと理解できなくて「ん?何のこと言ってるんだこれ?」と気になったからだったので、さらっと訳していたらもしかしたら手に取らなかったかも知れない。

レビューに書いたような小説の雰囲気からすれば、このタイトルには『(いつも)同じドア』と括弧づけしたくなるし、もし彼の作品がもう少しヴァイタリィやユーモアに恵まれていれば『いつもいつもおんなじドア』みたいな感じで日本語に置き換えてみたくもなるかもしれない。要するに、今ここでない場所や生き方が情報としてはあるとわかっているけれど、そこに自分を移動させる術を知らない状態の鬱屈や不安、焦燥、といったものが全編に漂っているという感じ。

それだけなら、たとえば浜田省吾や尾崎豊とどこが違うの?ってことになってしまうわけだけどw、彼の場合はそれなりに洗練された修辞や比喩、ソフィスティケートされたストーリー(というのはまあ、この辺の短編以外にはあまり当て嵌まらないかもしれないが)があって、その全体を味わうことができる、というところが違うわけなんだろうかと思う。

まあ、歌なんかの場合は、だいたいその「ここでない場所」を目指す姿だけが目に入るようにある種現実離れした青臭さで描かれていて、聴くほうもそれをノスタルジックに味わう、という仕組みになっているんだが、小説の場合はさすがにそれだけで済ますわけにも行かない、というところだろうか。ただ読後感としては、やはりノスタルジーのようなものが強いのは否めない。それは、その後彼が『ウサギ』シリーズで綴ったように、逃げ出しはしたものの逃げ切れずに戻ってきて、それなりなポジションに収まり(はまり込み、か?)それなりな感慨を残しつつ老後に入る、というような展開を予感させるような、ある種の臆病さがストーリーや描写を性格づけているからではないのだろうか。

「作家個人のキャラクターのあらわれ」と書いたのはそういうことで、もちろんその作家が時代を代表すると目される以上は、同時代に共感を覚える人間がたくさんいた、ということなのは間違いあるまい。しかし、いつも同じドアを開けて同じ部屋に入ることから逃げ出した奴のすべてが逃げ切れずに戻ってきて、若気の至りをノスタルジーにして老いていくわけではないはずだ。

戻ってきてもノスタルジーと無縁の奴もいれば、首尾よく逃げ切る奴もまたいるはずで、実はその彼らを代表する文学というのは、(なぜか)なかなか存在しないのかも知れないと思う。

そのように限定を設けた上でなら、多分、僕も今でもこの集の中の作品を愛せるだろう、と思う。

合掌。