2009-06-17 06:11:00+09:00
日記 . mixi

[memo] バッグ、自由時間、イヤースピーカー、タイノ族、縄文時代

mixi日記から転載 id=1199183293

iPhoneを中心に小物が増えてきたんで歩くときにも持てるバッグが欲しいね。

女の人はよく持ってるけど、目的としてはそういう奴。歩きにも可、自転車にも可、昔は小ぶりのエフェクタケースを持ってたりしたけど、その位の大きさで持ったり腰につけたり肩からさげたりできるようなので、masculinityをあまり損なわないようなの。ポストマン・バッグ、って言われるような奴かなあ。これで、自転車のときにベルトに固定できる奴があったりするといいかも。


マルクスの思い描いた未来社会、池田信夫はそれをこう言う。

「マルクスにとって未来社会とは、必要(必然)に迫られて労働する社会ではなく、自由に活動する社会であり、共産主義の目的は「自由時間の拡大」(=労働時間の短縮)なのである。」

マルクスがいう「自由の国」「自由な個人のアソシエーション」の自由とはヘーゲル的な観念的な自由ではなく、自由時間のことだと。

こういう駄洒落めいたまとめ方は僕は好きだがw

貨幣経済による物象化とか資本や生産手段の集中寡占という搾取とか、そういうのをいったんのけて(のけちゃいけないんだろうけど)ここから考えてみる。

ウィリアムモリスのユートピアとマルクスの「科学的」社会主義の連続と断絶。

さて、池田はさらに続けて、

「資本主義とは、現代の経済学の標準的な理解でも、資本家が物的資本の所有権を梃子にして労働者を支配するシステムであり、その有効性は人的資本や知的労働の重要な情報産業では低下する。だから、資本が経済システムの中心であるという意味での資本主義の時代は、終わりつつあるのかもしれない。この意味でも、マルクスは正しかったわけだ。」

そういう面もあるかも知れない。 現時点では幻想だという気もしなくもないけれど。

しかし、個人的にそれが「労働時間の短縮→自由時間の拡大」に繋がっているかというと、あまり繋がっていない。

繋がっていないのには何か問題があるわけだろう。

そこをどうするか。

さらにいえば、

情報産業といえるような情報産業にたずさわる人たちは収入は別として、自由時間を得ているだろうか?今はまだ、好きな仕事を朝から晩までやって、そういうことなら、拘束されることもさほど苦にならない、という人たちがそこにいられるだけという側面が強くないか?

本人達はそれで満足だろうけど。

さらにいえば、

現代社会において、たとえばこういうことを考えて社会を変えていこうとしている人はもしかしたらいい人かも知れない。しかし、同じ状況でとりあえず自分だけそうなろうとしたら、必ずココロに疚しいところが出てくるかもしれないな。

それは当然で、自分が労苦以上に富を得るとすれば、現代社会においてはおおむね搾取の結果ということになるからだけども。

実際、生活苦しいよ~といくらいったところで日本にいる以上たかが知れているわけで。もっとも、こちらだって構造的な搾取構造に単に組み込まれているだけで、それだけで原罪のように責任を背負わなければならないといわれるのも挨拶に困る。


イヤースピーカー。

だいたいパソコンに繋ぐイヤースピーカー、ステレオで両耳を塞ぐやつがほとんどだけど、skypeなんかでつまんない仕事の話するのに両耳使う必要ないんだよね。

片方だけぶらさげてるのもなんだし、ステレオミニジャックに繋げてスピーカーは一個モノラルってのはないのかな?


資本の集中が如何にして行われ、何が犠牲にされたか。

C・ダグラス・ラミスの『経済成長がなければ私たちは豊かになれないのだろうか』にこんな件がある。

(以下引用)

- コロンブスが「新世界」に来たとき、それはアメリカ大陸ではなくてカリブ海の島でした。一番最初に見つけた島を彼はイスパニオラと呼び、今もこの島はその名前で呼ばれています。この島は現在ドミニカ共和国とハイチ共和国という二つの国に分けられています。

この島にはタイノ族という先住民が住んでいました。コロンブスと一緒に行った当時の人の記録によると、最初にそこへたどり着いたとき、コロンブスとその一行は、もしかしてエデンの楽園に戻ったんじゃないかというような印象を受けたらしい。あまりにも自然がきれいで、そしてそこに暮らす人たちはまるで本当に聖書のエデンの楽園に描かれたような生活をしている。

まず彼らはものをあまり持っていない。暑いから服もあまり着ていなくて、裸に近い状態。そして彼らは農業をやっているのですが、それが非常に優れた農法である。いろいろな種類の別の作物を一緒に植える。そうすると管理、手入れがほとんど必要ない。だから畑では一週間のうち数時間しか働かない。魚が欲しければ海に入ればすぐ獲れるから、それもあまり時間がかからない。

では何をしていたかというと、まず音楽がとても重要でした。歌ったり、踊ったりする時間、楽器で音楽を作ったりする時間がとても多かった。あるいは語り部がみんなに物語を話す時間。あるいは飾りを作る時間。彼らはとても器用で、髪飾りとかネックレスとかイヤリングとか、いろいろなものを作っている。つまり芸術活動です。あとは、ヨーロッパ人にとってはとてもショッキングだったけれども、性行為です。恋人が一緒になって、なんだかんだといろいろやって、それをあまり隠してもいない。その時間がとても多かった。

コロンブスたちは彼らを労働者にしたかったのですが、そういう生活をしている人たちがお金のために長時間労働をするわけがないのです。タイノ族の人にしてみれば朝から晩まで八時間とか十時間も労働するということは考えられない、想像もできないのです。

- 実際、コロンブスはここに奴隷制を作り、プランテーション農業をやった。タイノ族はあまり武器を持っていなかったから、刀がどういうものかもよくわからなかったらしい。刀と鎧で武装しているスペイン人がものすごく恐いから、コロンブスたちはすぐに奴隷制を作ることができた。しかし、タイノ族は奴隷に向いていなくて、どんどん死んでいく。当時の記録によると、病気で死ぬ、あるいは座り込んで死ぬまで動かない。とにかく死んでいくのです。鬱病になって死ぬ、あるいは子供を作らない。自分の子供を奴隷にすることは考えられないからです。それでタイノ族は百年で全滅したのです。今はもう、一人もいなくなってしまいました。

(引用終わり)

「音楽が重要だった」というのはいかにもカリブ海らしい。もっとも、今のカリブ海の音楽はアフリカから連れてこられて奴隷にされた人々の文化の影響が強いはずで、タイノ族の音楽がその流れにあるかどうかはわからないが。

日本においても、縄文初期から中期にかけては、今より平均気温が高く、自然の恵みが豊かであったため、生きるために労働する時間は思いのほか少なかったのではないかということが言われ始めている。余暇があったわけで、精巧な縄文土器や豊富な装飾品はそれゆえなどということも。

もしかしたら、音楽についてはわからないが、ここに書かれたような側面が縄文時代にもあったのかも知れない。そして彼らは広域に移動する面もあった。