ジャーナリスト魚住昭のウェブマガジン上、四茂野修という人が書く「ホロウェイ論 『権力を取らずに世界を変える』を読む」という記事がおもしろい。
・ジョン・ホロウェイ『権力を取らずに世界を変える』を読む その1
http://uonome.jp/article/yomono/546
・Amazon.co.jpのページ
http://www.amazon.co.jp/dp/4886836429
紹介されてる内容、何よりもそのタイトルが刺激的でさっそく買って読んでいる。
「権力をとらずに」=「権力/暴力を使わず」、というのはつまり僕の言葉でいえば、「命令されるのも命令するのも大嫌い」てことかと。
権力関係はあまねくあり、そもそも「親の言うことをきけ」というのからして権力の行使だし、もともと人間には権力欲が、あるいはもしかしたら被支配、被征服欲(なんていうのかわからないからしつこく書く)さえあるんで、それも本能だからしょーがない、と言うこともできるかも知れない。とすると、権力を使って人間を非人間的に扱うことが、そもそも「人間的」なことなんだ、とか強弁したりアイロニカルに構えることもできるかもしれない。
権力による支配服従でない人間関係は、信頼や同意による恊働であり、それこそが自由で豊かな人間同士のかかわり方だろう、とか言ってみても、現実の(今の)人間関係は完全な支配/服従もないかわり、完全な自由もない、というような状態以外の何者でもない。誰しも天上天下唯我独尊と蟻や蜂に等しい人生との間のどこかの座標上にいるわけで。
まあ、現実に権力や暴力に(実はさらされていると思うんだけど)さらされているわけでもなく、暴力を行使する(というのはつまりそいつが決断すればやめることもできる、ということだけど)側にいるわけでもなく(構造的には加担しているにしても)、どうしてもそういう、人間の本能・欲望・感情のあり方のほうに考えは行くけれど、それを唯物論的に裏付けつつ考察するにはこういう本、マルクスを一つの鍵とする思想のリファレンスは不可欠だし、この本にはそういう過去の考察に対する考察をさりげなく段落に込めていたりして、もちろん明示されてるところもあるにせよ、あ、ルカーチじゃんとかアルチュセールじゃん、とか、考えを整理することもできてよいと思う。
マルクスから21世紀に至って、やっと能動的でも受動的でもある人間性というものの姿とその唯物論的基礎がここまで整理できたってことかなあ。
「命令するのもされるのも大嫌い」というのはまあ単なる趣味判断だけど、結局のところ、人間の人間性が変わらなければ誰が権力をとっても同じことだし、資本主義がなくなることもなければ、その姿を本質的に変えることもあるまい。
じゃ、その人間の人間性は変わるのかといえば、人類総体としてはまあ変わらんのだろうなあと思わざるを得ない。
それを変えようとして権力を使ったりすればまさにスターリンやポルポトがやったこと、になる。基礎を唯物論に置かないとすれば、それこそ人間にかかわる人間だれしもが、程度の差こそあれ、日常的にやってることでもある。
基礎が違う場合は置いといて、アンチヒューマニズムの唯物論をヒューマニズムの質を高めるのに適用するのは、考察としては有効だが、現実にやったらヒューマニズムを粉砕することにしかならない。考察には有効だけど現実に使っちゃいけないという、この辺がおもしろいというか皮肉というか。
まあ当たり前か。
こういう本が、だから僕にとっておもしろいのは身近な人間関係、とくに自分自身の権力欲だったり暴力性だったり、サディズムだったりマゾキズムだったり、を考察する助けになるからってことだろうな。
しかし、結局のところ、考察はあくまで考察でしかなくて、権力関係でない信頼や同意に基づく恊働というような人間同士の結びつきが確かに存在しうる、という確信が、それは多分、経験=刻まれた記憶として体の中になければ、ただ理解するだけで、そこから出ることはできまい。
さて、信頼や同意、そこに時間性を導入すれば、それは期待や希望、となるか。
そこから約束(といっても相互確認がないような類いのものだけど)まではすぐだし、さらには、契約、といったものも生まれてくるかもしれない。そこではまた権力関係に変質する可能性はあるけれど、逆に、契約から約束、信頼、同意、が生まれる余地もあるから一概に危険なばかりでもない。
人間から権力欲やら暴力性やらを取り除いてみんないい人にしちゃおうというような考えがなんか痩せててつまらねーなと感じるのもそういうところからだろうか。
それに、そういうことをいう口の後ろには必ず権力欲や暴力性が潜んでいたりするわけで。
そもそもいい人になるかならないか(であるかないか、でもとりあえずはいいが)なんてのはその人の勝手である。そういう誰かとつきあうときの気構えというかそういうのが変わるだけ。
なんか話がずれてきたな...。
しかし、この辺は実は本でも触れられているフェティシズムの問題にも繋がってくる話だと思うんだけど、戻すのがめんどくさくなって来たな。
とりあえず、今日はこの辺にしておいて...。