暖かくなって梅が咲いたので…
なにか突然に暖かくなって。
梅が咲いてるなあ、去年一昨年は梅も桜もタイミングを逃したので、ちょっと撮ってみるかなあと日が落ちてからカメラ持って出かけたがあえなく玉砕。やはりまだ夜は寒くて長時間の戸外はめげるし、昼間いろいろ試してみて再挑戦しようかということで、昼間の撮影を敢行。やはり明るく暖かい昼間の方がいろいろ試せるというわけで、この経験を糧にまた夜の撮影に挑戦したいと思った。
子供の目線、というのを今は意識しているのだが、こういうのの場合さらに幼くなってもう赤子の目線位が自分が欲しいところらしいということがわかりました。
要するに寝っ転がって上を向いて撮るってだけなんですがね。
しかし、他にもカメラ持った人が何人もいたんですが、誰もそんなことはしておらず、昼間でも自分ながらアヤシいかもなあと思いながらも、そこは気にせず、です。
植物はともかく昼の写真というのは今のところ僕の棚に場所がないので、時候挨拶絵はがき的ということでぱさっと現像したままのをこちらに載せました。
夜の撮影にバルブ?
某カメラのサンプル写真でバルブ撮影の風景があって、その手もあるかなあと試してみた。僕のカメラはなんとレリーズもリモコンも使えない(買ってからわかった痛恨事)のだがバルブ撮影はできる。
三脚使ってずっとシャッター押し続けるという野蛮な方法。
ためしにやってみたのがこれ。
意外にブレないもんだなあというのが第一印象。ノイズもそれほどではないし、ただ、なんだかぼけた感じにはなる。実は前述のサンプル写真もやはりなんかぼけた感じがあり、もしかして、リモコン使えたらまた変わるかな?とも思うが、試すのはまた先になりそう。
座っていて外が見えないと落ち着かないので、これまで左のテーブルの上にモニタを置いていたのだが、特に午前中は太陽の方が明るくて見づらいので動かしついでに部屋を片付けた。また少しモノを減らせたわい。
震災から二年
東日本大震災から二年。
僕は直接被災したわけではないのだが、当時もいろいろ考えたし、今でも依然としていろいろと考える事がある。
思うに、それまでは感じてはいたものの、やり過ごしていたつもりだった事どもを直視しなければならなくなったんだ、ということは当時も思ったし、ここのところさらに強くそう感じるようになってきている。
巨大システムや大きな組織が嫌いなのも昔からだし、電気を使って音楽やる事にためらいを感じるのも昔から、なんだけど、世の中がどうなるべきかとかそういうことでなくて、自分はその中でどうやって行くのか、ということだけでも、自分の腑に落ちるようなやり方が未だにわからない。二年前まではしかし、そういうのはやり過ごせないと思いつつも、やっぱり、やり過ごしていたのだなあと思う。
じゃ、今は変わったのかと言われると、やってることは変わっていないのだ。やり過ごさないとしても、そうそう変われるものではない、というのが実感。
別に世の中どう動こうと、息をする財布の身であれこれ言えないしできることもない。そういう方向ではなく、自分がどうするかは考えていかないといけないし、変わっていかないといけないとは思うのだけど。
大きく見て世の中がこう変わっていったらいいなあというイメージはなくもないのだが、そこに行動する自分を具体的に嵌め込むという作業ができにくいのだな。
まあしかし、自分でも周囲から見ても全然できてねーじゃねーか、と言うことになっていても、やり過ごすつもりにはなれないし、依然としてできてなくても、できてないけどこうしていこうという試行錯誤は続けないといけない。
そんなわけで、二年経ったから今日この日にどうこう、ってことはさっぱりないんだけど、こういう事を書いてしまうというのはすでに流されているのかも知れないな。