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読 . 政 . 斎藤貴男

見聞読録 『平成とは何だったのか 「アメリカの属州」化の完遂』 斎藤貴男

読書中であった

国が保有していたNTTの株を売ったのだから、そのお金は国に入ります。 それをそのまま国債の返還に充てるのではなかった。 充てるものだと誰もが思い込んでいましたが、そうではなかったのです。 一時的に「NTT株売却益による公共事業」という特別会計を作った。 その中に、Aタイプ、Bタイプ、Cタイプと3種類の公共事業がありました。

Aタイプは、収益回収型の貸付けです。 道路の拡幅・整備を伴う市街地の駐車場など、完成後に得られる収益で元本が返済される仕組みですね。

一番メジャーだったのがBタイプです。 売って入ったお金を自治体に貸し付ける。 公共事業をやりたいという自治体に、それぞれ、元々からある地方交付税交付金や、 それぞれの自治体の予算以上にまだ公共事業をやりたい、というときに、その特別会計から貸し付ける。 貸し付けるのだから返してもらうのですが、返してもらうときに、 今度は同じ金額の地方交付税交付金を与える。 タダであげるのと基本的に一緒です。 返してもらった分はなるほど国債の償還に充てられるのですが、 同じ金額を別の枠から自治体にプレゼントするのですから、全体としては単なるムダ遣いでしかありません。

Cタイプというのは、自治体ではなく、民間企業に貸し付けるものです。 それで急に増えたのが各地のリゾートです。 リゾート法というのがありましたね。 地方の過疎地などに、テーマパークを造ったり、さまざまなリゾート施設を開発する。 こういうことが日本中で起きたのは、このNTT株売却による公共事業のCタイプが活用できたためなのです。 普通であればとても事業計画にならないような、でたらめなプロジェクトが続出して、 あとになって、「宮崎シーガイア」をはじめ、みんな破綻していく。 当たり前ですよね。

「格差」が問題になったのは、京都大学経済研究所の所長だった橘木俊詔さん(現在は京都女子大学客員教授)が 『日本の経済格差──所得と資産から考える』(岩波新書、1998年)を書かれた頃からです。 私の『機会不平等』(文藝春秋、2000年、現在は岩波現代文庫)より以前に刊行されました。 2003年頃には一般的な話題になり、2005、2006年あたりには、「貧困」が言われ出します。

いま見てきたように、言わば「農地解放の逆をする」ということが、 私は、精神的な意味でも非常に大きいと考えます。 というのは、『機会不平等」以来の、一連の格差の取材を通してもっとも強く感じていたのは、 これは農地解放以来の、「人間は平等」という戦後民主主義に対するルサンチマンの発露だということです。 代々の有カー族の子弟で、昔でいったら地主階級の子ばかりが、エリート層には圧倒的に多い。 学歴だけの問題ではありませんよ。 そうした層の人々が、戦後民主主義のもとでアメリカに首根っこを押さえつけられ、 民主的に国を運営せよということで、農地を手放さざるを得なかった。 それに対する恨みがずっとあったんだ、という感覚を、私は存分に思い知らされました。

民主主義、人間は平等なんだという価値観がそれなりに共有されているなかでは文句も言えなかったのが、 新自由主義の世の中になって、とにかく強いものが勝つんだ、持てるものがすべてをぶんどって何が悪い、 というのが当たり前になったときに、長年の恨みが噴出してきたということでしょう。 いまは彼らにとっての理想がまた実現した、というか、 農地解放以来の恨みつらみが、だいたい3世代ぐらいを経て晴らされつつある、ということではないのでしょうか。

かねて日本商工会議所の消費税に対する姿勢を疑問に感じていた私は、 あるとき幹部に会って、問いただしたことがあります。 「商工会議所は中小企業の団体で、 会員企業の多くは消費税の納税に自腹を切らされているはずなのに、どうしてきちんと反対しないのか」と。 彼はこう答えました。

「本当は困っている。でも消費税は国策だ。もろに反対したら共産党と同じ立場になる。 我々はあくまでも体制内の、エスタブリッシュメントのインナーサークルにいたいのだ。 だから消費税には絶対に反対しない。その代わりに補助金をいただけばよいのだ」

この話は私の『経済学は人間を幸せにできるのか』(平凡社、2010年)に収められています。 さまざまな立場の経済学者に対するインタビューをまとめたもので、 私は自分自身の過去を省みて率直に告白した中谷さんの勇気をたたえたのでしたが、 彼のせっかくの懺悔”の叫びも、現実政治の前には完全に黙殺されました。

規制緩和や構造改革と呼ばれる政策は、どれもアメリカの意向に沿ったものでした。

……

法制化の前には政府の審議会や財界の提言などが露払いの役を果たします。 ただし、それらと「年次改革要望書」などとの因果関係は特に報じられることもなく、 やがて2004年(平成16)に評論家の関岡英之氏が『拒否できない日本』(文春新書)で実態を黒くまで、 大方の人々は、何も知らされないままでした。

私はこの節と同じタイトルの本を2018年(平成30)に出版しました(『戦争経済大国』河出書房新社)。 そのあとがきで引いた、アメリカの中国学者オーウェン・ラティモア(1900〜1989)が 1949年に著した『アジアの情勢』(小川修訳、河出書房、1953年)の一文を、ここにも挙げておきたいと思います。

(アメリカの対日政策における)仮説の連鎖の第一環は、 日本をアジアの工場とロシアに対する防壁とに仕立て上げることができる、という考えである。 この仮説は、アメリカの政策の道具としての日本は、 イギリスとドイツとネパール王国とがもつすべての価値を、 一身に兼ね備えているというおどろくべき理論の上に立っているのだ。(中略)

インドから独立しており、インドとイギリスに凶黒なグルカ人傭兵を供給しているネパール王国と同じように、 うまれつき訓練された日本人は、「伝統的に反ロシア的」であるから、 時とともに、独自の政治をもたず、 自国の「作業場」をまかなってくれるアメリカに対して堅い忠誠を致すところの、 新しい種類の植民地軍隊を供給する国となるだろう、と期待されているのである。

こういう分析がすでに戦後間もない時代になされていて、 70年も経ってから、それが現実のものになりつつあることに驚かされます。 アメリ力にとって、日本人は将来の傭兵だった。 今のところはまだ傭兵にまでは仕立てられていませんが、これからはどうでしょうか。 単なる不沈空母ではなく、傭兵国家日本にされていくのではないか。 日本国民がそれをどう受け止め、阻止しようとするのか、受け容れてしまうのか、私にはまだ見通しがつきません。

そういえば、小泉純一郎元首相も、やっぱりアメリカに奉仕することで地位を得てきた一族の出です。 純一郎の父親が小泉純也で、この人は佐藤栄作内閣の防衛庁長官だった。 1964年(昭和39)にカーチス・ルメイが勲一等旭日大綬章を受章したのは、 彼の尽力によるところも大きかったとされています。

ルメイへの叙勲とは、 いわば日本も彼の価値観をわがものにしていくぞという宣言ないし意志表明だったのではないでしょうか。 これを正当化してみせたのが、ときの小泉純也防衛庁長官だった。

このときが最初だったのか、それ以前からなのかは釈然としませんが、 小泉一族というのは、アメリカの代理人一族として位置づけられているのではないかと思います。 純一郎首相による構造改革は日本の国富のアメリカへの移動そのものでしたし、 彼の次男である小泉進次郎さんもまた、 アメリカのCSIS(戦略国際問題研究所:Center for Strategic and International Studies) に長く籍を置いていました。

このCSISは、アメリカのシンクタンクで、 アーミテージとか、ジョセフ・ナイとか、いわゆる知日派の拠点です。 知日派というと聞こえはよいのですが、有り体にいうとジャパン・ハンドラーです。 プリンスと呼ばれ、近い将来の首相間違いなしと言われる進次郎さんですが、 私には危険きわまりない人物であるように思えてなりません。

私自身の取材では、こんなこともありました。 2003年(平成15)に『空疎な小皇帝──「石原慎太郎」という問題』(岩波書店)を出したときに、 中山正暉元建設相に会ったのです。 「北朝鮮拉致疑惑日本人救済議員連盟(拉致議連)」の会長だった彼は、 何度も平壌に赴き、本来は有名なタカ派なのですが、この件については事を融和的に進めようとした。

アメリカという国は、これ以上がないほどに官民一体が徹底した国なのです。 なるほど資本主義だし、企業活動の自由度はすさまじく高いけれども、 なにしろ多国籍企業の利益が第一という点で完全に価値観が一致しているので、 官民がそれぞれ異なるアプローチで、同じ目的に向かって邁進する。

日本は日本で、そんな彼らに必ずしも無理やり支配されているわけでもない。 最初は圧倒的に強力なアングロサクソンにうまく使われることによって、高い地位を得、支配階級にのし上がった。 そしていまは、その子孫たちが支配している。 そういうことだと思います。

明治維新の頃から、日本で力のある人間というのは、欧米というか、米英の傀儡だったのではないか。 日露戦争の戦費の半分以上は、アメリカ、イギリスに売った外債だったという話をしました。 あちらにはあちらの事情があって、 とくにイギリスは、アフリカでボーア戦争を戦っていた時期で、そちらに手がかかっていた。 ロシアの脅威を感じてはいても、自分で戦争する余裕がないので、極東の日本に代理戦争をやらせた。 そういう側面が強いといいます。 日露戦争は有色人種が白人に勝った最初の戦争だったと威張りたがる日本人は少なくありませんが、 なんだかみっともない話だなぁ、と私は思ってしまうのです。

2018年(平成30)9月、 川崎の「とどろきアリーナ」という公共施設で、イスラエルの軍需産業の展示会が開かれました。 英語の略称でISDEF2018、日本語では「イスラエル軍事エキスポ」と訳されます。

ISDEFはイスラエル本国のテルアビブで開催されるのが恒例です。 日本の東京モーターショーにも似た、軍事兵器や武器の展示会&商談会です。