読書中であった。
- 『 国家が戦争に向かうとき 昭和10年代に回帰する日本の現在地 』 片山杜秀, 田中駿介
田中 日本はより奇妙なことになっています。 本来、脱物質主義の先鋒であるはずの都市部が、 経済停滞への恐怖から「防衛的な物質主義(現状維持の保守支持)」に回帰している。 一方で、利益誘導の恩恵から切り捨てられた地方(とりわけ東北や北海道)が、 皮肉にも「経済成長神話からの脱却(脱物質主義的な価値への期待)」を野党支持という形で示し始めている。
欧米では「豊かな都市(リベラル)vs.貧しい地方(保守)」という分極化が定石ですが、 日本はそのベクトルが反転、あるいは捻じ曲がっている。 この「価値観のねじれ」こそが、日本で建設的な熟議を不可能にしている正体ではないでしょうか。 また日本の場合、目民党の中も分極化しているように見えます。
片山 外地を獲得していくにつれ、食糧は外地で生産する方向に舵を切っていきます。 朝鮮でお米、満洲で大豆。 本土の東北地方の寒冷地でわざわざ米を作らなくても、ということです。 山また山に分断されて大規模農業に不向きな内地での農業は永遠に不効率なのだから、 よそに振り替えられるならそれに越したことはない。 これは昭和初期の二大政党なら民政党の方に顕著な考え方だけれども、東北の農民はかなり見捨てて良い。 しょっちゅう冷害がある土地で無理にお米を作っている農民は、 娘を売るくらい貧しくなって、そのうち農業をやめるだろう。 すると、京浜工業地帯などに流入して、低賃金の第二次産業労働者や第三次産業労働者になってくれるはずだ。 国内はそういうふうに産業構造を転換させて、食料は朝鮮、満洲、台湾で作ればいいと。 こうした思惑は、まさに帝国主義の「棄民」の論理です。 反発がでて五・一五事件や二・二六事件が起こる重要な背景の一つですよね。
植民地帝国主義のひとつのかたちとしては、第一次産業を植民地に任せて、本国の労働人口を近代産業に集約していく。 歪みもたくさん伴うけれども、そうやって帝国の仕組みを効率化し、富を最大化しようとする。 それがグローバリズムの時代になると、植民地経営の手間を省いて、 食べ物を安く売ってくれる下請け国のようなものをたくさん作って、 関税障壁もなくして、本国の農地は荒れるに任せる。 もしも本国が物作りで儲ける段階なら、農業地帯は工業地帯に化けてゆくでしょうが、 情報産業とかの段階に至ると土地はそんなに要らない。 そこから田舎が荒れても都市が保てていれば良いという価値観を自然とする国に変わってしまう。
それが今の日本でしょう。 山国なので変わるのも早い。 トンネルを掘って管理してつなぐ努力を少し怠れば、 もともと不便な国土だからすぐ元に戻って、鹿や熊が跋扈してしまう。 江戸時代に三百近くも藩があって、それぞれ勝手にやらせていたのは、 それがいちばん簡単に治まるからでしょう。 山国で行き来が大変だから中央集権は難しい。 古代の律令体制が崩壊に向かったのも極論すれば山だらけだからです。
片山 何年か前にこんな講演をしました。 アメリカは日本を見捨てる可能性がある。 かといって、他に頼りになる国もあまりない。 だから、いろんなところに保険をかけておくような多元的外交が求められると。 そうしたら、そこに居られた元外交官が 「いや、アメリカと日本の関係はそんなもんじゃない、だから大丈夫だ」とおっしゃる。 別の学者系の方は 「あなたの言っていることはもっともだけれども、 日本は大陸の中で生き馬の目を抜くような外交的な修練を重ねてきた西洋の国々とは違う。 日本人は島国の中で安住してきて、外国とのつき合い方を歴史的な経験として十分に持っていない。 ゆえに日本にできるのは忠犬ハチ公、忠臣・楠木正成で、徹底的についていくことだ。 これ以外、できない。 だから、まじめに考えても無意味だ。 アメリカについて行くと決めたら、滅びても、ただついていけばいいんだ」とおっしゃいました。 すごく説得力があると思いました。 確かにそうかもしれない。できないことはできない。 真理です。できない話をしていても無駄である。
片山 政党内閣の時代に戻って復習しますと、政友会よりも民政党のほうが顕著だけれども、 基本的には日本の内地、本土の農業を見限っていて、 本土の農民をわざと窮乏化させる政策も行われていた。 そう言って良いと思います。
たとえば、朝鮮の農民にお米を作らせて、 本土の東北地方用に開発された冷害に強い新品種を朝鮮でも育てて、 朝鮮米をおいしく安めのお米として本土にどんどん入れる。 つまり、本土米のシェアを下げていって、朝鮮米が増えていくように政策誘導する。 その主な目的は、日本の植民地統治に対する朝鮮の不満を殖産興業路線を推進して和らげるということと、 あと内地の産業構造転換を早めていく目的もあるわけです。
外地の農業に内地が頼っていく構造を作り出してゆけば、当然、東北の農民に限らず、 西日本も含めて本土の農民全体がどんどん困っていく。 そこで内地の農家が生糸に転換していくけれども、世界大恐慌で生糸相場も暴落してしまう。 人絹の問題も絡みます。 それで農村は恐慌状態に陥る。 これは、食えなくなって貧乏になる内地の農民を 第二次産業の安価な労働力として都市部に集中させていくという政策に他なりません。 要するに、大資本の応援を受けている民政党のような都市型政党の場合は、それを意図的にやるわけです。
……
五・一五事件の中心人物は、事件の前に戦死してしまった藤井斉という海軍の青年将校で、 この人は農本主義者の権藤成卿に心酔していました。 なぜそうなるかというと藤井が山本五十六や大西瀧治郎や源田実と同じく航空畑だったからで。 大艦巨砲主義に反対していた。 お金をかけすぎて新型巨大戦艦の建造に海軍が励むと重税につながって民衆を苦しめる。 権藤は、中央集権の近代国家とは官僚機構の維持に巨大な経費が掛かって民衆を苦しめるから、 地方分権・農村本位・自治主義こそ日本の伝統的な大道なんだと。 飛行機はプロペラ機の時代ですし、今のように電子機器を山のように積むのとは違いますから、単価が安い。 安い飛行機で国防して民衆に負担をかけないのが海軍の道だ。 自治主義と飛行機本位というのが波長が合う。 ここに藤井と権藤の同盟が成り立つ。面白いところなのです。
片山 国際法学者の横田喜三郎は昭和6(1931)年の満洲事変の起きた時点で、 それが自衛戦争か侵略戦争かという議論をしています。 東京帝国大学の学生新聞に載った文章ですが、こういう内容ですね。 「関東軍は満洲事変について鉄道爆破を行った中国の張学良軍に対する自衛の戦いだと主張している。 ただ、爆破された鉄道の長さは数メートルだと聞いているが、 石原莞爾の電撃作戦で関東軍は600キロの幅で侵攻している。 自衛は平衡や公平、対称性がポイントで、 相手からの攻撃に見合う反撃が自衛か自衛じゃないかを分ける基準というのが国際法的な考え方である。 ゆえに満洲事変は侵略戦争である」。 自衛に関する「常識」に触れている。
レーガン大統領時代に最後の危機があったけれども、 日本も対米忠犬意識を発動させて、プラザ合意でアメリカの経済危機を救い、 アメリカを勝ち残らせて、冷戦終結に巨大な貢献をした。 具体的には円高誘導をしてアメリカの貿易赤字減少のために身を削り、 それもソ連に勝つため、日本がソ連に攻撃されぬためだと、 マゾヒズム的に積極的に受け入れて、まさに自己犠牲の精神を発揮した。 しかし輸出が弱くなって日本経済にガタがきてはまずい。 中曽根康弘政権は危険な金融政策に打って出ました。 低金利にして市中に大量にお金を回した。 内需刺激で輸出のダメージを賄おうとした。 これがやりすぎになってバブル経済とその崩壊を招いた。 それっきり日本は下り坂になったのですね。