2009-01-06 00:01:00+09:00
日記 . mixi

[補遺] 「アースダイバー」、「江戸はこうして造られた」、「古文書返却の旅―戦後史学史の一齣」

mixi日記から転載 id=1044606057

今回続けてレビューした三冊は、2006年の2月に当時やっていた(今は閉じている)ブログで「土地を読む話 ~ アース・ダイバー、江戸はこうしてつくられた、古文書返却の旅」として、まとめて紹介しているので、その文章を元に改稿したものを補遺にする。

アースダイバー

レビュー

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](http://mixi.jp/view_item.pl?reviewer_id=2444430&id=207422)

アースダイバー

4.22点 ( 373人中)

2005講談社中沢 新一

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ある土地に立ち、五感と知識と経験を総動員すると、周囲が何かを語りかけてくる。濃く薄く、あるいは広く狭く…、様々の語りかけが強ければ、その土地に対する親しみや興味も強まる。

もちろん、そのままでは普遍性の担保はない。が、だからこそ、その親しみや興味をコミュニケーションの場に投げ出してみたくなる。同様な語りかけの報告が、裏付けを呼ぶ。それが新たな問いかけの力になる。問いかけつつ、五感を育て、知識を増やそうと思う。

本書は、東京の洪積層と沖積層を色分けした図を現代の地図に重ねた「Earth Diving Map」なる地図が付録についていて、この地図をもとに東京各地の土地を読んでいくという仕立て。

この人の本は、アイデアがおもしろくて手に取ってみるのだが、読み終わるといつも食い足りない感じが残ってしまう。最近はアイデアへの興味と予想される落胆を秤にかけてプラスになりそうなら読む、という感じだが、これはかろうじて(笑)プラスに振れた。

基本的にこういう、おっされ~な書き方は、スノビズムが鼻についてしまうんだろうな。

ただ、いろいろ読んでいくと、かつて、例えば「意識/無意識」「聖/俗」「中心/周縁」「男性/女性」「アポロン/ディオニソス」といったような二項対立を使った論考が流行ったが、二項を立てるのはいいとして、それを二元論的に論じて事足れり、その図式が単純すぎてつまらないものが多かった。のだが、筆者の二項の扱い方には、どこかそれには飽き足らず、非日常を日常に埋め戻してかき混ぜて、霜降りにしたいというようなことを考えてる僕と、共通する志向があるのかなあとは思う。

それをあえて文字にすると、知即情、聖即俗、男即女…?、となるとこれまた、いつか聞いた単純なオハナシと似通ってきそうだが。霜降り肉はじっとみれば肉と脂が区別できるところ、それらが混じり合わずに一体となっているところがよいと思うのだが。

弁証法ってのはそれ、と僕。

江戸はこうして造られた

レビュー

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](http://mixi.jp/view_item.pl?reviewer_id=2444430&id=89110)

江戸はこうして造られた

4.25点 ( 4人中)

2000筑摩書房鈴木 理生

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まあそれはともかく、「アース・ダイバー」、その点、一般受けはしやすいのだろう。しかし、僕的、東京の読み方としてははるかににおもしろかったのが『江戸はこうして造られた~幻の百年を復原する』だ。こちらの方は基本的に史学なので、文献学的な、資料に忠実にという姿勢があって、読み応えがある。そこから導かれる知識や推測も興味深いもの。

時代範囲としては戦国時代後期から江戸初期までだが、江戸が首都としての条件を整えるために行われた江戸の開発、および、合わせて実施された日光や利根川の開発なども含めて触れられる。

たとえば「江戸前」という言葉は誰でも知ってるだろうが、かつて「江戸前島」と呼ばれる島があったことを知る人は少ないのではなかろうか。江戸の前でとれる穴子が江戸前だと思ったら、江戸の前は海ではなく陸地があったのだ。で、そこで取れる産物が「江戸前」ということらしいのだ。家康江戸入り時には今の皇居の東側は海が入り込んでおり(日比谷入江)そこを埋め立てたというのは比較的良く知られていると思うが、江戸前島はそのまた東、現在の地名では大手町・丸の内・有楽町・内幸町・日本橋・宝町・銀座あたりとなる。銀座通りに立って感じる海を臨む感覚は、中世に遡るのか?と、思わず微笑んでしまう。

また、二十三区の北と南にある等々力渓谷と滝野川渓谷が、ともに、人工的な河川の流路変更の結果というのは、嘗て等々力に住んでいたときに感じた土地への若干の違和感を交えた興味を充たしてくれた。

隅田川、荒川、中川、江戸川、利根川など、近世にその姿が人工的に確定された河川の来歴はよくまとめられていてわかりやすいし、常陸那珂湊から内陸に入り、霞ヶ浦から江戸に至る『内川廻し』の話は、あまり注目されない事もあって貴重だ(常陸国の近世史に限っても詳しい考証は寡聞にしてあまり知らない)。

たとえば、都内あたりからでも大洗・那珂湊方面に抜けるとき(今は高速ができてあまり使わないかも知れないが)、土浦辺りから東に逸れて行く抜け道が何本か存在するが、それらをよく利用している人の中には、この部分を読んで我が意を得たりと思う人もいるのではないだろうか。

そういえば、本書の中に「江戸」という地名について、以下の記述がある。

『  江戸という地名自体は、むかしから「入江の戸」、つまり海が陸地に入り込んだ場所である「江」に面した場所を意味するといわれてきた。  その解釈どおりだと、日本の大小の河川の河口のほとんどは入江をもっているから、「江戸」という地名は広く分布していたとしてもおかしくはないが、実際には東京の前身の江戸と茨城県の江戸崎くらいの例しかない(ただしこの江戸崎は、この場合問題にしている「江戸」とは意味が違う)。 』

この「江戸崎」が「入江の戸の崎」の意味ではないということを最後に言っているようだが、ではどういう意味なのかはわからず、それを説いた文献を見たこともない。それは引き続き探すとして、僕が思ったのはこの「江戸崎」は「榎戸崎」ではないかということ。古代、今の江戸崎が望む内海は「榎の浦」と呼ばれていたから、それもあり得るのではないか。

そう思って見れば、江戸崎に河口を持つ小野川を遡れば、僕の自宅からほどないところに「榎戸」という地名がある。となれば「榎戸=江戸」ではないのか?

と、思いついたことが、この日記でも書いている僕の小野川下りの動機になったのだった。

というのは蛇足として。

筆者が引き続きものしている江戸に関する著作は未読だが、機会があったら読んでみたいと思う。

古文書返却の旅―戦後史学史の一齣

http://mixi.jp/view_item.pl?reviewer_id=2444430&id=378561

さて、土地を読むといえば『土地の名』というのも外せない。「土地の名」といえばプルースト、「失われた時を求めて」の「スワン家のほうへ」、第三部、「土地の名、―名」に飛ぶ。ある意味では、土地を読む事も人間を読む事も、自分を読む事に戻ってこざるを得ないし、同じ喜びと痛み、利得と危険を孕むだろう。『失われた時を求めて』を読めば、それらを嫌というほど堪能できる…、などと、四の五の云うより、本書を読んでいてほとんど直感的に「これはプルーストの下書きのようなものでは?」という思いが頭に浮かんだ。

今思うに、それは著者が物的資料をメインに扱う考古学者ではなく文献史学者であって、問題になるのは古文書―そこに書かれているのはことばであり、土地の名であり、人の名であり、ものや概念の名、―名であったからではないか。

日本語話者である僕には、フランス語で書かれたプルーストの「―名」への感受性を充分には共有することができない。日本語で同様な体験をしてみたいものだとは常々感じるところだが、残念ながら、プルーストの規模に匹敵する作品は見当たらない。

同様に堪能できる作家というと、現役では大西巨人ぐらいだろうか?とはいえ、小説というのは、日本においても、実は常に土地を読んだり人間を読んだりしているわけで、近代以降に限っても、漱石をはじめ、芥川、荷風、江戸川乱歩、谷崎、大岡昇平…、そのように読める作家はたくさんいるのも確か。

本書を読んでいると、彼らのような成果を見据えつつ、著者がしたような経験と考察を元にして、一生を投げうって「土地を読むものの記録」なる小説を書いたら、もしかしたら匹敵するものができるのではないか、というのが、つまりは「プルーストの下書き」ということなのだろうと思う。

まあそれは彼の学問的な業績とは無関係だろうけれど。しかし、網野Aに寄り添う影のような網野Bがいて、文献史学者網野A亡き後、コルク部屋に隠遁して網野Aの著作を紐解きつつ、記憶を総動員して小説を書く…、というような妄想も、僕としてはなかなか楽しかったりする。