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読 . 史 . 渡辺京二 . 明治

『幻影の明治』 渡辺京二

読書中であった

読書中であった。

第二に作者はこの小説で、徳川社会の持っていたよき面が、 新しい権力によって意図的に破壊されたことをはっきりと示した。 刑事司法の強圧的で惨忍な性格が、徳川社会には存在せずに、 明治以降に新たに生まれ育ったものであることを明瞭に語った。 物語中の悪役である三人の看守と二人の警官は、もちろん怪物風に誇張されているけれども、 彼らに代表される日本帝国の刑事司法の専制的性格は、 徳川の遺風などではまったくなくて、新たに出現した帝国主義的近代の後発的様相であることを、 作者は見抜いていたように思われる。 むろん、徳川時代の刑事司法にも、近代人の感覚からは許容できぬ前近代特有の惨酷さは存在した。 しかし、明治の聖代が作り出した圧制と惨忍は、それとは異なる新しい性格のものである。

私がいいたいのは、この宮古の島人のような人びとこそ人間の本然の生活のありようを示すもので、 そのことはわれわれがどのように文明化し組織化された生活を過していようと変らぬということである。 しかし同時にいわねばならぬのは、もはや宮古島人のような生活の様相に復帰できぬわれわれは、 国家なんて俺様には関係ねえよとうそぶいてはおれぬということである。 われわれの本来の生活は国家と無縁であるべき個の位相にあるはずなのに、 国家のうちに包摂されてそれと関係を持たざるをえない必然に責任を負うてゆかねばならない。 この根本的な裂け目に架橋しつつ生きてゆかねばならぬのが、現代人たるわれわれの運命なのか。 『坂の上の雲』がわれわれに問いかけているものがあるとすれば、ただこの一事だけではあるまいか。

神風連が信仰を行動の軸にすえたのは、古代神政ユートピアの実現を生きがいと感じていたからだ。 それは彼らがかねて、軽輩として被っていた抑圧の深さの現われだった。 そして彼らは、そのユートピアを求めることで、封建の世に後ずさりしたのではなかった。 彼らは、思想の力で封建家臣団の意識を乗り越え、みずからを神民と自覚した。 その時、彼らは確かに、後ろ向きの姿勢で近代へ眺んだのである。 学校党は神風連が挙兵した時、必死になってその足を引っ張った。 「神民」のような薄気味悪いものの足は、引っ張らずにはおれなかったのである。

土佐の立志社から始まった民権運動は明治八年に愛国社全国大会を開くまで拡大しますが、 この愛国社は西南の役の中断を経て、明治一一年に再興大会を開きます。 その趣意書を読んでみますと、およそ「自由民権」とは縁のないようなことが強調されている。

……

これは何かというと、旧藩時代は地方というものを地域社会としてちゃんと維持してゆくシステムがあったのに、 明治の新時代になってそれが崩壊してしまって、 いたずらに中央集権が進み地方の活力が失われると言っているわけで、 以上を総合すると、旧藩時代は社会の絆というものがしっかりと張りめぐらされているのに、 今日文明開化の世の中になって、そのネットワークが解体され、人心が荒廃しつつある、 しかもかつての人民結合の要にいた土族の参政権が否定されてゼロになったことが、 このような社会解体をさらに促しているということになります。

つまり私にとって鑑三とは、明治人のヨーロッパとの遭遇の一例、 あるいはあの特異な西郷論の著者としてしか意味を持っていなかったのだ。 そういう私に衝撃を与えたのは、新保祐司氏の『内村鑑三』(構想社、一九九0年)である。 この本で私は初めて鑑三のことがわかった。

彼はこの長大な文章で阿呆くさいこともいっている。 鑑三が西郷や上杉鷹山を祭りあげたり、武士道を讃美したりしたのは彼の頭の古さであって、 こんな古さは鷗外や漱石にもあり、当時本当に頭が新しかったのは諭吉だけだという。 鑑三にはファシズムの傾向があったとさえいうのである。 古い、新しいだけを問題にするならこの評言は当っている。 だが、新しけりゃいいのか。 すべてはかつての明治青年のハイカラ根性が吐かしめた世迷い言で、こんなときの白鳥は実に浅い。 また、鑑三が知識人の懐疑癖を批判して、農夫や樵夫の素直な心性を賞讃するのに対して、 農夫や樵夫を美化するのは幼稚で、 「実在の彼等の多くは、愚味で、悪ごすくて、迷信つよくて、信頼すべきものではない」というとき、 確かに鑑三の民衆観の観念性を衝きえてはいても、 彼自身の農夫・樵夫観も、村の旦那衆にふさわしい紋切り型にすぎなかった。

しかし、鑑三の信仰への評言はさすがに、文学で鍛え抜かれたしたたかさがある。 鑑三がその威容を讃えてやまぬ山上の垂訓について、 「それは心の中で敬服してゐればいい」ので、 「生きるためには、これ等尊き教訓の裏を行くのも、神意に叶はないとは思つてゐない。 …………人生はそれほど薄っぺらではない」と書くとき、 遂に抜かれた利刃の切れ味を実感しないわけにはいかない。

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白鳥は鑑三の試問をはぐらかしたわけではない。 彼なりに答えたのだが、その答はつねに逆説的であり両義的だった。 来世にせよ復活にせよ再臨にせよ、あるとも思えない癖に、あるという話には思わず身が乗り出してしまうのである。 彼に一生つきまとった不安がそうさせたのだ。 彼は永生の実現というヴィジョンには魅せられた。 しかし、鑑三のメッセージの中核をなす部分には反応しなかった。 あるいはわざと反応してみせなかった。

鑑三のメッセージの中核とは、生は表しいものでなければ生きるに値しないという叫びである。 おのれが義しい存在であるか、おのれがその中に在らしめられている世界が義しいものであるか、 それこそ第一義の問題で、それ以外は第二義、第三義だというのである。 彼の一生を導くのは、義しくありたい、そうでなければ自分は生きられないという、 彼の魂から湧き出てやまぬ悲痛な要請である。

……

「天然は美なれども、それは表面だけのことである。 一歩深くその内に入れば、醜怪、混乱、残骸、争闘である。 百花うるわしく咲きそろうくさむらの中に、恐ろしき生存の戦い、 殺伐なる弱肉強食がおこなわれている。 彼らはすべて、おのれよりも弱きものをしいたげて おのれより強きものにしいたげらるるの悲惨なるありさまにある」 (『ロマ書の研究』第三九講)。

一杯の粥によって始まる朝の穏やかな浄福に浸されるとき、 人は俗世における野心や競争や利害から束の間超越しているのだ。 欲念や憎悪や孤独からふっと解き放たれているのだ。 街角でさして来る斜光を浴びて一瞬世界が変貌したり、 空を圧する密雲の切れ目に一筋塗られたコバルトを見出したりするとき、 現世を超越していま在るという思いは偽わりではない。 義しいか義しくないかも、最早問題ではない。 自分が悪念のすみかであろうと、世界が歪んで不正に満ちていようと、 何か自分を超えた大いなるものが自分の前に、束の間顕われたのであることは、 そのときの自分の感覚が保証している。